スター誕生(レディガガ&ブラッドリークーパー)レビューその3

公開日: 

この映画を「酒とドラッグに溺れて自分を見失った淋しい男の物語」と見るか「音楽とアリーを心の底から愛した男の魂の物語」と見るかでこの映画の評価は大きく分かれる。その一番のポイントとなるのがジャックへの“共感度”である。どこまでジャックの気持ちに“感情移入”できるかが評価の分かれ目となる。

もちろん自殺した人の気持ちなど他人には知るよしもない。その心の奥底に潜む果てしな深い闇は,当人以外には絶対理解できないだろう。だが,その気持ちに寄り添おうと努力することはできる。特にこの映画ではその努力が大きな意味を持つ。

そのためにはジャックの生い立ちに思いを巡らす必要がある。私生児であるジャックは,父親が働いていた家の娘に手をつけて産まれた子供である。しかも父とその娘の歳の差は親子以上。記憶は曖昧だが,確か父親が60過ぎで娘が18だっただろうか。しかも母親はジャックを産んだあとすぐに死亡。これだけでもかなり悲惨である。

こうして母の愛情を知らずに育ったジャック。せめて父親がまともならまだ救われたことだろう。だが現実はさらに悲惨だった。酒びたりの日々を送っていた父はジャックの自殺未遂にさえ気づかないほどだった。こうしてジャックは周囲の愛に恵まれずいつも孤独な日々を送っていた。その闇の深さは私たちの想像を越えるほどだったろうと推察する。

そんなジャックの孤独を唯一癒してくれたのが音楽である。会話の端々から想像するに,父親も腹違いの兄もミュージシャンとしての才能は一流だったようだ。残念なことに二人とも売れなかったが,ジャックに大きな影響を与え続けた。

その後,ジャックは運良く大スターになれた。その経緯は映画では全く語られていないが,その陰には父の音楽的才能と兄の大きな献身があったことは間違いない。そのためジャックは内心,父と兄に深く感謝しているのである。

だが人生とは皮肉なものだ。酒びたりの父を見て育ったジャックは結局,父親と同じ道を歩むようになる。孤独を紛らわすため浴びるように酒を飲み,やがてドラッグにも手を出す。そして,この2つが彼の心身を少しずつ蝕んでいく…。

だがジャックにとって酒とドラッグは,自らの音楽にパワーを与える想像力の源でもあった。ステージの演奏前に酒をあおる姿からもそれが伺える。そういう意味で音楽・酒・ドラッグはジャックと一体不可分の関係にあると言っていいのではないかと思う。

やがてジャックはミュージシャンとして大成功を収める。しかし彼は大きな爆弾を抱えていた。耳の障害である。アリーと出会った頃から耳鳴りが悪化し,演奏にも支障をきたすようになった。劇中でも「キ~~ン!」という音が何度か聞こえてきたが,これはジャックの耳鳴りの音を象徴的に表現したものである。日に日に悪化する耳鳴り… ジャックはミュージシャンとしての限界を感じていたのではないだろうか。

そしてグラミー賞での大失態。これがきっかけとなってジャックは酒,ドラッグとの決別を目指そうとする。更生カウンセリングを受けながら治療を始めるジャック。だが,結局のところ安らぎは得られなかったのではないだろうか。前述したように音楽,酒,ドラッグはジャックの存在そのものである。この3つを奪われたジャックにとって,この世に生きている価値はもうなくなったと言えるのではないだろうか。

しかし全てを失った彼にも唯一残されていたものがあった。アリーへの深い愛である。そんな時,アリーが「アイル・ネバー・ラブ・アゲイン」の歌詞が書かれたノートを発見する。「隠してたの?」というアリーの問いかけにジャックは「君が本来の姿に戻った時に見つけてくれると思っていた。」と答える。このときジャックは深く安心したのだと私は思う。「アリーは元のアリーに戻ってくれた。俺がいなくてももう大丈夫だ。逆に俺がいたら彼女の足をひっぱっちまう。今の俺には酒もドラッグも音楽もない。俺の役割はもう終わった…」と。こうして唯一の心配事がなくなったジャックは“解放”への旅立ちを決意したのである。

そういう意味でも「アイル・ネバー…」はジャックの遺書ととらえることができるではないだろうか。「もう誰も愛さない…」という歌詞はアリーの思いであると同時にジャックの台詞(セリフ)なのだ。それくらいジャックはアリーを深く深く愛していたのである。

そしてアリーはその遺書を最後まで泣かずにしっかりと歌いきった。ここが一番大切なところである。ジャックが残した遺書を魂を込めて最後まで歌いきった。この“魂”こそがジャックがアリーに伝えたかったものなのである。そういう意味でアリーはこの時,ジャックが望んでいた真のスターになれたのだと私は思う。映画でもアリーが歌い終わったその瞬間に「A star is born」という文字がスクリーン上に大きく映し出されたことからも,私の推測はあながち間違いではないと考える。

以下は余談になるが,映画では「アイル・ネバー…」のサビの部分でジャックの弾き語りの場面に変わり,その後アリーのアップで幕が閉じる。しかしサウンドトラック盤では,アリーが最後まで歌っているバージョンも収録されている。サビの部分ではストリングスが儚いほどの美しい音色を響かせ,その後,落ち着きのあるエリーの優しい歌声で曲が終わる。いかにも A star is born という感じの落ち着いた終わり方である。機会があればぜひ聴いて頂ければと思う。

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

Your Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP ↑